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「香港経済の現状と九州への影響について」 ㈱NNA(共同通信グループ) 香港編集長 安田祐二氏 (国際委員会 特別講演会)

◇2019年度後半から低迷が続く香港経済◇  香港経済は2018年より米中貿易摩擦の影響を受け実質域内総生産(GDP)成長率も株価も下降傾向にあったが、2019年6月に「逃亡犯条例」改正案を発端とする抗議活動が本格化し、その長期化に伴って小売業、飲食業、観光業を中心に大きな影響が出た。2019年第4四半期(10~12月)の実質GDP成長率の見込み値は前年同期比でマイナス2.9%、19年通年でもマイナス1.2%となった。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大が一層の打撃を与え、GDPのマイナス成長が当分続くとの見方が出ている。 ◇「逃亡犯条例」改正案を発端とする抗議活動◇  2019年6月に本格化した抗議活動は、デモ隊と警官隊の衝突が常態化し、エリアも当初の香港島から対岸の九龍地区や新界に拡大した。議会建物や公共交通機関の破壊活動、空港の占拠などで市民生活や経済活動にも影響した。11月には抗議活動の現場近くにいた男子大学生の死亡をきっかけにデモ隊が交通妨害を実施。自宅近くで警官がデモ隊に発砲するなど香港全域が混乱状態となった。  現地の学校は休校となり、現地日系企業では従業員が出社不能となるなど影響が拡大。駐在員の家族の帰国の実施または検討を始める企業も増加し、香港事業の縮小や撤退を検討する可能性を示唆する企業も出てきた。  デモ隊は香港政府に対し、逃亡犯条例改正案の撤回や警察の「暴力」を追及する独立調査委員会の設置など「五大要求」の実現を訴えているが、政府は逃亡犯条例改正案の撤回以外の要求については拒み続けている。  このような中で実施された11月の区議会(地方議会)選挙で香港政府と距離を置く民主派が総議席の8割超を獲得して圧勝。破壊活動を繰り返していた過激派グループはメンバーの逮捕などにより勢力を削がれたとされ、過激な抗議活動の回数や規模は減少。年末には社会の状況も少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。 ◇新型コロナウイルスが新たなリスクに◇  年が明け、新たなリスクとなったのが新型コロナウイルスだ。香港政府は1月4日、警戒レベルを3段階の真ん中の「厳重」に設定し、その後、感染が疑われる事例の当局への報告を義務化。感染者の隔離が可能となった。23日に域内初の感染者を確認すると警戒レベルを最高の「緊急」に引き上げ、小中学校の春節休みの延長を決定。さらに本土からの訪問客の半数を占める個人旅行を停止し、本土からの高速鉄道が乗り入れる駅の通関施設を閉鎖して中国本土からの入境を大幅制限。2月4日には出入境を香港国際空港など3か所に限定して検疫強化に乗り出した。さらに8日より中国本土から香港に入境する全ての人を対象に14日間の強制検疫を開始した。  一方で中国本土に工場を持つ香港の製造業などは出張が事実上不可能となるなど、経済活動に影響が及んでいる。また中国からの観光客の激減や香港市民が感染を恐れて外出を避けている影響で香港の小売業は臨時休業に追い込まれるなど影響が出た。香港政府は特に深刻な影響を受けている小売り、観光、飲食の各業界への現金支給を含む総額約250億香港ドル(約3,500億円)の救済策を発表した。  感染拡大に伴い国内外の航空各社も香港との航空便を減便・運休しており、九州をはじめ日本の各空港でも人の往来が激減している。またこれに伴い日本からの食品や農産物の輸出も今後影響が出るのではないかと思われる。 ◇香港とは日本にとってどのような存在か◇  デモの影響で域内が混乱する中でも訪日香港客は2019年に過去最多を記録するなど、香港の人たちにとって日本は非常に行きたい国となっている。訪問先としては九州・沖縄を訪れた人の増加が目立ち、中でも福岡県は強い伸びを示した。九州各県など各自治体も昨年から今年にかけて香港でプロモーションを実施して高い集客を維持している。また香港は日本の農林水産物・食品の輸出額で15年連続首位を記録。香港は日本の食品をいつでも食べることのできる環境となっている。  香港政府もマカオや広東省との経済協力を強化する「粤港澳(えつこうおう)大湾区」構想での日本との交流拡大を目指して東京でシンポジウムを開催するなど、日本に大きな期待を寄せている。 ◇今後のポイント◇  2020年6月には抗議活動の本格化から1年の節目を迎え、9月には立法会議員選挙が行われるため、抗議活動が再燃するか注視が必要である。新型コロナウイルスの終息時期は現時点では全く見通せないが、終息時には訪日香港客の回復が十分見込まれる。このような厳しい状況の中でも九州からの情報発信を続けていくことが重要であろう。 ****************************************************************************** 安田 祐二(やすだ ゆうじ)氏 岡山県出身。大学在学中に中国・北京に留学。大学卒業後、新聞社に入社し、地方行政などを主に取材。2014年にアジアの経済情報を配信するNNAに入社。北京、上海、香港で勤務。香港では、中国との経済協力構想のほか、日本産農産物・食品の流通や日本へのインバウンドなどを取材している。2019年7月より香港編集長。

 

【写真】 香港鉄路(MTR)はデモ隊の標的となり、破壊被害を受けた。(2019年10月撮影、NNA提供)
【写真】 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で閑散とした2020年の春節。(2020年1月撮影、NNA提供)
【写真】 米中貿易摩擦の影響はあるものの賑やかだった2019年の春節。(2019年2月撮影、NNA提供)
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