今月の月報

平成24年02月号(第607号)
巻頭言「九州経済圏への期待」 (社)九州経済連合会 理事 是永 駿〔立命館アジア太平洋大学 学長〕

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表紙写真

松下村塾〔山口県萩市〕
 松下村塾は、日本が近代化、産業化を成し遂げていく過程で、重要な役割を担う人材を教育した機関である。
 塾を主宰したのは、萩藩校明倫館の兵学師範であった吉田(よしだ)松陰(しょういん)である。松陰は数え年で21歳の時から国内各地を訪ね歩き、知識と見聞を広めた。しかし25歳の1854(安政元)年3月、直接自分の目で西洋の実情を確かめたいとの思いから、伊豆下田沖に停泊していたペリーの黒船に弟子の金子(かねこ)重輔(しげのすけ)とともに乗り組み、アメリカへの密航を志したが、失敗して萩の野山獄に閉じ込められた。その後実家での謹慎を命じられた松陰は、1856(安政3)年3月、教えを請いに集まってきた親類や近所の若者たちに実家の幽囚室で講義をはじめた。家族は人数が増え続けることを心配し、1857(安政4)年11月、小屋を修理して松陰に塾舎として使わせた。この8畳1室の塾舎が松下(しょうか)村塾(そんじゅく)である。塾舎を得た松陰は、幽囚室から移って塾生と共同生活を開始した。1858(安政5)年3月には、塾生が増えたため10畳半の部屋を増築、塾舎は18畳余に拡充された。萩藩は1858(安政5)年7月、塾を公認したが、同年12月幕府政治を批判する松陰を再び野山獄に投じ、塾は閉鎖となった。塾での講義はわずか1年余りであったが、この間に約90名の塾生を指導した。
 松下村塾は、1922(大正11)年に隣接する吉田松陰幽囚ノ旧宅とともに国の史跡に指定された。2つの史跡は、1907(明治40)年に創建された松陰神社の敷地内にある。
※ 松下村塾は、世界遺産登録を目指す「九州・山口の近代化遺産群」の構成資産候補の一つである。

巻頭言

九州経済圏への期待
       (社)九州経済連合会 理事 是永 駿〔立命館アジア太平洋大学 学長〕

九経連活動紹介

香港中華総商会との経済・学術交流に関する覚書(MOU)締結

 日誌(12月)
 2日金 第5回「九州の公立大学のあり方を考える」研究会
 2日金 九経連及び九州エネルギー問題懇話会会員企業見学会
 5日月 顧問・参与会
 6日火 観光委員会 第3回MICE検討WG
 6日火 平成23年度 第2回資源・環境委員会/環境ビジネス交流会
 7日水 情報通信委員会「第2回ICT活用による販路拡大支援方策検討会」開催
 8日木 第1回農林水産委員会
 8日木 第7回地域経営を考える政策懇談会
 10日土 島原・天草・長島架橋構想及び九州西岸軸構想推進講演会
 13日火 交通委員会第2回「人口減少・高齢化に対応した公共交通体系のあり方等」検討WG
 13日火 香港食品マーケットへのビジネス参入シンポジウム
 14日水 国際委員会 第5回ABC設立検討部会
 14日水~17日土 九州山東省(済南)環境ビジネスミッション
 15日木 九州航空宇宙開発推進協議会 航空機技術研究会
 16日金 九州農業成長産業化連携協議会(九州農業・食品クラスター協議会改め)宮崎県懇談会
 21日水 九州農業成長産業化連携協議会(九州農業・食品クラスター協議会改め)佐賀県懇談会
 21日水 第3回九州次世代自動車産業研究会
 22日木 産業振興委員会 第2回医療・介護関連産業特別部会
 26日月 資源・環境委員会 第2回アジア環境技術輸出研究会
 27日火 関経連との地方分権・道州制に関する懇談会
 27日火 資源・環境委員会 第5回九州地域電動車両研究会

九州観光推進機構ニュース

新しいテーマによる九州広域観光モデルルート81
  愛の旅の効用
   ~九州の女性、愛(哀)の物語〈北部九州編〉~

会員企業紹介

九州・山口地域動向

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日誌・スケジュール

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